日本は「他国のために存在させてもらってる国」なんだろうな

生きづらさ

さてとポテト。

「日本っておかしいよな」っていう漠然とした疑問が腹落ちした気がするので、ツラツラと書き留めよう。

日本って国は、国民のためにあるんでなくて、他国のためにある国なんだろうな。

世界の犠牲になるための国っつーか。

いろんな損とか、どうなるか分からないリスクを背負って人類全体のバランスをとるための「あそび」として存在させてもらってるっつーか。

戦争に負けてそんな国になったんだろう。

それが独立国として存続するための事実上の交換条件みたいなもんだったんじゃないかね。

捉え方次第では、世界のために必要な国ともいえるというか、こんだけ上っ面な衰退国なのに、意外と重要視されてるムードがなくもないのはそういうとこなのかもしれない。

先進諸国と逆行した「法改悪」ばっかしたり、明らかに国民のためにならない法律が知らぬ間にできてたり、外国が日本をどうにでもできる状況を放置したり、国で守るべきものを民間(外国)に委ねたり、どう考えても「国民のため」でなく、「他国が都合よく利用するため」にある国でしょ。

政治家に日本人が少ないのも頷ける。

政治判断が全部「国民のため」でなく「国(という枠組み)を失わないため」。

そういう意味ではなんにせよ「国を守るため」ではあるのか。

目的が(国民がしあわせに暮らすことでなく)ただ世界の中で「国という形を保つため」なんだと理解するとすべて辻褄が合う。

自国で判断してることなんてない(これ決めていいよってことしか決められない)から、「検討」しかしない国のトップが国民に責任押しつけたりするワケでしょ。

自分で決めてない=(精神的に)責任とらなくていいから、子どもの(に限らず)ワクチン推奨したりできるんでしょ。

そんな国だから、大衆意識にまで「責任回避体質」がすっかり染み込んでる。

まーホント、年の瀬に言うことじゃないけど、(今の世界の仕組みが崩壊しない限り)日本が国としてよくなっていくことはまずないですわね。

だからって、国民一人ひとりに夢も希望もないかっていうとそんなことは全然なくて、利用できるもんは利用するとして、いかに国や組織や社会のシステムに頼らず委ねずに折り合いをつけながら、一人ひとりが各々の「生きがい」と向き合って、自分の判断で生きられるかってなとこですよ。

ただしかし、その「ナチュラルに生きがいと向き合うために必要な最低限の心身の健康」を削がれちゃってるのがキツいとこで。

今みたいな世で、「やりたいこと」とか「やるべき(と自分から思える)こと」なしで生きていくのはもうしんどいですよ。

っと。

なーんてことを師走のビルの受付で思ってるだけの私は一体どうなんだいって話!

じゃ、おやすむ&よいお年を~!!

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