ごあいさつ

病院に「生きづらい科」はありません。ってことは、特効薬もエビデンスの確立した情報もありません。自分の生きづらさは自分でどうにかするしかないのです。「いきづらいいとも!」があなたの生きづらさ解消の手がかりになれれば幸いです。

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「公共」より「ヒップホップダンス」より「政治」と「お金」を義務教育で必修科目にしようや

政治と金を学校の授業にしよう。ってアイキャッチ画像 生きづらさ

どうも、祖父が都内の総合病院の創設者&院長だったというのにツルッと高校中退、鈴木やすむです。

いつからか、ただ生きることに悩みや苦しみがお得なセットになってついてくるようになったわが祖国ニッポン。

理由は山ほどあるんでしょうけど、そのうちのひとつってコレじゃねーか?ってのが思い当たりました。

現実の諸問題をテーマに学ぶ「公共」が高校の必修科目になるってニュースもサラリと出ました。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20180130-OYT1T50157.html

が、あまり芯食ってない気がします。

ついでに言うと、ダンスの授業が中学からって、子どもの心完全無視ですよね。

中1から急にヒップホップダンス無理強いさせられたら、心歪みますよ。

むしろ小1からやってくれて、ナチュラルにそんなノリで行ける下地作ってくれるなら逆にありがたいかもしれないのに。

公共より、ダンスより前に、ズバリ、「政治」と「お金」ではないかと。

「政治」と「お金」の教育をしないことが、我々一般庶民を苦しめる元凶になっとるんではないかと。

えーと、まぁ何しろ「学」がありませんよってに、この先、幼稚で理解の浅い表現が頻発するやもしれませんが、かえって学のないあなたにも読みやすい記事になってたりするかもしれませんよ!タハッ!!

ま、そんな下層の国民でも危機感を感じているということと理解して読み進めて頂ければ幸いです。

一般庶民が政治を知らなきゃ世の中(一般庶民のかたまり)がよくなるワケない

なぜ、普通に生きて普通に死んでいくことがこんなに難しいことになっちゃったのか。

極論、生まれたら生きて死ぬだけ。

なるべく心地よく過ごしたいと思いながらここまで進化してきたはずが、いつの間にやら生きるのってツラいけどがんばろうね!とか、おおむね辛く(からくではなくつらく。以下、辛くの読みはつらくです。万が一からくが混在してても前後の雰囲気で分かって下さい)苦しい前提ですよね。

心地よく過ごしたいはずが、真逆になってる。

世の中がそんなおかしな状況なのは、世の中のひと粒ひと粒である我々一般庶民がおかしいからでしょうか?

そうとも言えるし、そうとも言えません。

おかしくさせられちゃってるというのが正解でしょう。

世の中のルールがおかしくて、そのおかしなルールに気づかずにそういうもんだと受け入れて生きてきちゃった結果、こんなおかしな生きるのが辛い世の中ができあがり、それにも気づかずにそんな世の中の一員になって辛がりながら生きてると。

世の中のルールどうやってできてるの?って、まず「政治」なワケです。

政治を政治家だけに押し付けてきちゃったツケ

ざっくり言えば、世の中のルールを決めて回していくのが政治。

それをやるのが、国民の代表である政治家。

代表ってまぁ、代わりですよ。

代わりの人なんで、本来もっと国民が主導して政治家を動かすって感覚やら雰囲気があるべき。

がしかし、実際の政治って全然国民が参加してませんよね。

私自身、政治に参加したと思ったことなんて一度もありません。

よく分からないし、なんなら自分には関係のないものだと思ってました。

コレです。

この一般庶民の意識が今の世の中を作っちゃってる。

ってゆーかだから、そうさせられちゃってるってことです。

感度の高い人たちからしてみれば、おっさんになって何を今さらそんなこと言ってんの?みたいなことかもしれません。

でもですね、一般庶民レベルでそこを教育しようとしない恐さですよ。

まずとにかく、社会全体をコントロールしようとするのが政治なんだってことを、ごまかさずにはっきり根づかせなきゃダメですって。

こまかいルールなんてあとでいいっつーか、操られてることをはっきりさせれば自分から学びますから。

ただ働かされることに無理がきてる

もはや今の時代、ただ働いてりゃお前のささやかな望みを叶えて生きていけるゾエってのは通用しなくなってますよね。

ひと昔前のように、右肩上がりに生活が良くなることも実感できない飽食の時代なワケで、だいたい揃うもん揃っちゃったんですから。

不便が便利になっていった時代から、便利なのが望んでなくても勝手にどんどん便利になっていって、もうすでに便利すぎてちょっとヤバいんでない?ってとこの入口まできちゃってるんだから。

「不便が便利に」の頃と同じ心持ちで、同じ社会のルールでうまく回らないのは必然といえば必然。

で、そんな状況に置かれていることに、四十路を迎える頃になって今さら危機感感じてる。

いくつになっても働きたくないって駄々こねてるおじさん。

常にコントロールされる対象であるという自覚だけでも持つ

表向きはこうだけど、その裏にはこんな目的もある、ぐらいのことは考えて、その上でどうかってとこまでは自分の意見として持っておきたいもんです。

コンビニに並んでる商品、量を増やした時は「10%増量!」とかデカデカと書くくせに、減らす時は元々ある容量表示の数字が変わってるだけみたいなことやりますよね。

あれって「都合よくごまかせることはごまかす企業です!」って宣言してるようなもんな気がするんですけど、政治でも同じようなことしてくるワケですよ。

政治をマーケティング手法でだまくらかすこと自体どうかと思うけども、それを見逃さない目を「教育」されてないから、まんまとやられ続けます。

国が何かをしたがる時には、なぜそれをしたいのかってのをちょっと考える、ちょっと調べる。

で、積極的に賛成できる材料が見当たらなければとりあえず反対しとく。

何かしら国民に伝えづらい都合があるはずです。

それを言わないなら賛成はしないと。

なんとなくで賛成しない。

お前のなんとなくなんて、簡単にコントロールされちゃうんだって。

まぁだからその国民に政治教育をしないこと自体が政治によってコントロールされているってことを踏まえる必要があるんですね。

疑って、その疑いが晴れないなら許しちゃダメ。

あー面倒臭い。

面倒臭いけど、ほっといたらこんな世の中にされちゃうんだからやっぱちゃんとしないとダメなんですよね、一人ひとりが。

かんべんして下さいよ。かんべんカンベヒロシ。

なんとなくのイメージだけで扱ってきた「お金」

我が輩(急に悪魔)をはじめとした一般庶民の大半が、親や知り合いや先生の言ってること、テレビから聞こえてくることを何の気なしにインプットしてきた情報によってイメージされたものが、自分にとっての「お金」になってません?

お金があれば幸せで、お金がなければ不幸せ。

お金のために労働する。

お金をより多くもらうために勉強する。

貯金しろ。

借金するな。

ギャンブルはよくない。

こんなんをなんとなく植え付けられるだけ。

結果、働いて、生活のためにお金を使い、ムダ使いをせず、残りは貯金する。

今の世の中でこれやらされてちゃ苦しいですよ。

敗戦で何もなくなって、ガムシャラに働いて、経済大国なんて呼ばれるようになった。

がしかし、それも頭打ちになって久しいと。

ガムシャラにやらなきゃしゃあなかったし、それで目に見えてよくなっていった生活が、もはやガムシャラにやらなくてもこんなに便利になってるんだから、いつまでもガムシャラを強いてて、国として伸びていくワケがないですよ。

経済が回らないだけならまだしも、自殺だうつだ社会問題もどんどん積み重なってる。

従業員の大半がキャパオーバー。

同じ給料なのにやることばっかり増えて。

だからやっぱり教育なんです。

働いて、お金もらって、そのお金の範囲でできる生活をするってだけが「お金」じゃありませんよっていう教育。

「お金」はありがたいものでなく、安心を得るための道具

私だってはっきり言ってよく分かりませんよ、分かりませんけど、今頃になってチョコチョコ本とか読んでみたら、なんとなくギャンブル的なイメージだけ植え付けられてきた、株式投資だったり不動産投資とかって、きちんと原則を学んで下地があったら、選択肢として全然普通じゃないですか。

それを、ただマイナスになることがあるってだけでギャンブルっぽい扱いにして、せっせと働いたありがたいお金をそんなことに突っ込んで失くすなんてけしからん、みたいな空気にしておく。

働いて貯めたお金がちょっとでもマイナスになるリスクをものすごく嫌いますよね。

マイナスになるくらいなら増えなくてもいいから持っとく。

まんまと、一般庶民のなんとなくのイメージというクソの役にも立たない判断基準でそれを決めさせられてる。

だから、お金ってそんなもんじゃなくて、取引を簡便にするための道具ってだけなんですよ。

しあわせを生むありがたいものでなく、生きていく最低限の安心を得るための道具。

道具ってことは、使ってこそなんです。

ここで言う “使う” ってのはムダ使いとかの使うでなくて、活用するってこと。

よく分からないことでマイナスになるぐらいなら貯金しとこうって、振込手数料何回か分ぐらいの利子で貯金しとく。

その上、自分の無知を、投資をギャンブル扱いすることで正当化するのが、我々一般庶民の生き方なのです。

リスク恐れすぎ。

このリスクってのも、お金がマイナスになることばかりを気にしていて、パッと数字で見えない、自分の心身がすり減ることとか、日々の暮らしでの様々な制限なんかは “ガマン” でやり過ごしちゃう。

それが結局、生活=ガマンになる。

生きることが辛い人生のできあがりです。

しかし、こういう “人生が辛い” みたいなことって今に始まったことでなくって、50年も前から悩んでる人がいたりするのに、全然変わらないんですかね。。

十代二十代の若者よ!君の人生の悩みは50年も前に吉田拓郎が歌ってるから一曲聴いていきなよ
最近、見習いWEBコンサルタントからビルの受付のおじさんに転身した、四十にして始終惑いまくりの鈴木やすむです。いくつになってもあまえんぼ!・・・いやいろいろ悩みますわね。あー生きづらい。悩んで悩んで、一体何に悩んでる...

「お金」を知らないことが、本来当たり前であるべきごく普通の生活の妨げになってしまうというワケです。

改めて、「お金」は、あればあるだけしあわせを生むありがたいものではなく、生活の最低限の安心を得るための価値のある道具なのです。

常に右肩上がりの成長を求め続ける「仕事」の再定義も必要

生きることが辛くなる大きな原因のひとつである「仕事」。

労働の対価としてお金を得る、まずはこれだけでいい。

あとはもう、世の中全体がハッピーになれるように、世の中全体でバランス取ればいいだけです。

ま、それが簡単にできればこんな世の中にはなってないんでしょうけども。

今は完全にバランスがおかしくて、 “お客様” だけが極端にひいきされてますよね。

そりゃもう、繰り返しですけど、揃うもん揃っちゃってるんだからそうかんたんに買いませんよ。

で、それをムリクリ売ろうとしたらそうなりますわね。

で、まずそのムリクリのしわ寄せが行くのが、多くの一般庶民がそうであろう “従業員” です。

ここでちょっと落ち着きましょう。

さて、なんか気づきましたね?

そう、 “お客様” と “従業員” って同じ人、同じ一般庶民なんですよ。

ある時はお客様として企業Aからアメを口に入れられながら、またある時は(雇われている)企業Bから従業員としてムチで叩かれまくってる、みたいなことです。

この構図に気づかずに、お客様として「もっと安く!もっと早く!」ってやってれば、従業員のあなたの首はどんどん絞まっていくって仕組みです。

で、知らないうちになぜか苦しい、と。

“自分さえよければ” が渦巻く世の中

結局、「政治」も「お金」もそうですけど、わざと教えない。

教えないようにしてる。

気づいてる人は気づいてる人で、自分らの取り分が減ることを嫌い、何にも分からない一般庶民は一般庶民で、与えられたモノに群がり、政治家は政治家で、一般庶民を無知なままでいさせてコントロールし続けたい、それぞれの立場での “自分さえよければ” が渦巻いてる。

今って、インターネットのおかげで、なんとなく気づき始める人が徐々に増えてきて「んン?なんかおかしくない?!」っていうザワザワと、長年ダマされ続けた結果の社会のひずみ(自殺だとかうつだとかその他わんさかある社会問題)の、大きく二種類の世の中の反応で混沌としてるって感じなんですかね。

政治もお金も、突き詰めれば “自分さえよければ” をやめること

自分が得をするであろう時に、どこかで誰かが困るんだろうなってかんたんにイメージできる場合は、その得を手放す。

医療費とか、すごく分かりやすいですよね(まぁホントは得じゃなくて払ってる人は払ってるワケですが)。

3割負担、年金暮らしのお年寄りなら1割負担、子どもにいたっては(地域により)全額負担だったりする。

本来出さなきゃいけない金額の3割とか1割とか出せば医療を受けられるってことですね。

その、我々がその時に払ってない分のお金ってのは、我々が毎月納める健康保険からしっかりお医者さんに払われてると。

安いからタダだからとりあえず行っとけ、みたいに子どもの親も年寄りも、必要でもないのにせっせと行くんですよ。

いやいや、あなたも含めてみんなで払ってるんだってば。

イメージしろや。

でも誰がいくらとか分からないし、せめて自分が取られる分ぐらい元取らなきゃ!とか言ってる。

その行為がまた自分も含めたみんなの負担を増やしてるんだっつーの。だっちゅーの。

だっちゅーのッ!

ここですよね、ここで、 “自分さえよければ” に罪の意識があれば、おおむね必要最低限の健全な医療の利用になります。

年寄りを変えるのは難儀ですが、行くの迷うぐらいの負担にして、「あなたのお医者さん通いがお孫さんの首を絞める。これでもかとグイグイ締め上げている」ぐらいのCMでも作る。

しかしせめて、子を持つ親にはそういう意識を持っててほしいものですハイ。

今タダで診てもらえる分、その子どもが大人になった時にそれまでの負担を背負わせることになるってことぐらい理解してほしい。

ちょっと脱線しますけど、そうやって病気の度に薬で治すことを繰り返した子どもの心身へのリスクも、病気は薬で治すものと植え付けられることもです。

“自分さえよければ” の先にあった「自殺大国」

国にさんざん借金背負わせておいて、国がなんとかしてくれるなんて、それこそ自分さえよければの極みでしょう?!

だからって国はあなたを殺しはしませんよ。

殺さなくたって、いつの間にやら勝手に世界有数の自殺大国になっていくんですから。

こういうのを、私は自殺までしないから関係ないってないものにしてません?

本当に関係ないですか?

今まで生きてて「もう死んじゃいたい!」とか思ったことありませんか?

んででもそれぐらい当たり前なんて処理してません?

人類の歴史の中で生存競争を勝ち抜いてきた我々が「死にたい」方向に向かうこと自体が究極の異常なんですってば。

それが当たり前ってのが異常なんだっつーの。

自殺する人が多いってことは、自殺したい人はもっと多くて、自殺したい要因も多いワケです。

あなた一人じゃない。

ってことはあなたがおかしいんでなくて、社会がおかしい。

社会のひずみです。

「過労自殺・引きこもり・ニート・うつ病・ブラック企業…」あなたのせいじゃなくて、この生きづらい日本社会のせいだからさ
WEBコンサルタントからビルの受付係にダウンシフトした、価値のない職歴コレクター鈴木やすむです。いろいろありますね、社会問題。社会問題。。そう、社会の問題!生きづらい日本を生き抜く我々一般庶民を悩ませ続ける社会の問題...

決定的に何がどうってのは難しいですが、でも結局のところ社会を形成する一人ひとりの行いが、一人ひとりに返ってきてるように見える。

で、それを辿れば、自分さえよければが根づいていることもその要因のひとつになっていると、我が輩(再び悪魔)は思ってしまうのである。

それこそ教育です。

“自分さえよければ” は恥ずべきもの、軽蔑の対象となるもの、なんなら罪だという教育をしないとダメ。

今の世の中は、「みんな辛いしねぇ」なんていいながら “自分さえよければ” に共感して共有しあっちゃう。

ついでに言うと、宗教ってのもそういう、人間の弱い部分を補う役割としてやっぱり有用なんだろうなとか、学会員を避けながら生きる宗教嫌いの典型的な日本人の私でも感じるし、なんとなくで「宗教気持ちわりー」みたいのが根づいている文化自体どうにかした方がいい気もしたりしてる今日この頃なのでした~。

じゃ、バイナラー!!

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